朝、パールのピアス、スーツ、ロングコートで出かけました。
就職活動3か月を立って、やっと手に入れたある学校法人の教員面接のために出かけした。
見たしを整えたいと思って、美容室に入りました。
5時の面接で2時半ぐらいに到着し、場所を確認して、面接の準備をするつもりで学校に向かいました。
2時半に水道橋駅到着し、ちょっと迷っていましたが、学校の場所を確認してずくその足で歩いていました。
揺れて揺れて、世界の末日でもかなと怖かった。道路にはたくさんの人が避難してきました。地震だと分かったがどのぐらいの地震かわからなったのです。
そのままあるいだしたら、ちょっと三省堂のビルがあって、入りました。
店内のアナウンスでは、「店内が安全ですが、本棚に離れてください」と
大丈夫と思ったがしばらく経つとスターフが店長の指示で営業が停止しますと
やむえず外に出ました。
靖国通りに車、人でいっぱい。
ベーグルの店に入りました。
店内の飾りの電燈が揺れて、客が3人ぐらいいったが、揺れるたびに3人が目が合わせ、大丈夫かな心配な顔をしています。
4:30に店に出まして、学校に向かったが、ちょっと15分の余裕があり、コンビニに入り、時間を調節しました。そこでノート封筒を買いまいて、再び学校にいきました。
階段を上って、フロントに名前を告げ、待ったように地震大丈夫でしたか?
法人本部のスターフが来て、面接教員が来れないと、そうですよね、こんなに揺れていたので来るはずがないようね、でもやはりがっがりした
学校を出て、水道橋駅のテレビで8・8とはわかり、どのぐらいの大変さはわかりません。怖かったです。
飯田橋一駅を歩き、もし電車が動いたらのっでもよいかと思い、日中友好会館を寄り、飯田橋につきました。
同じテレビ放送して、これは難しいと思い、少しうちの横浜に近い方がよいと歩い出した
私と同じような歩く人が道にあふれ、竹橋、大手町を経て、東京駅にたどり着いた。
構内意外に秩序がよくて、坐ろうと思ったら、タンボールご一緒どうぞと親切な女性の声をかヶてくれた。あどがわかったが阿部さんという。一晩一緒でしたので、阿部さんは東京フォラームに行こうとしなかったので、私もいかないことにした。
まわりの人はみんな行ったけれど。
構内のショップはみんな閉店していって、不便でした。
翌日の朝まで営業しなかった。
トイレに充電している女性が列になって、自分がもし、充電器が持っていたらよかったなと思った。
明日面接です、電話も行き方もわからないと阿部さんに相談したら、阿部さんのご主人は会社にいるのでもしかして調べてくれるかもしれないからメールを送った。
結局はわからなかったがでも心配してくれてありがとう。
翌日の1時に電車が動きましたので電車内、アナウンスが落ち着いた口調で放送していることにびっくりしたが、ただいま満員電車でドアを開けってくださいとさすがに気持ちが悪い人がいって、電車を降りったが、とにかく人々がおちついての行動にびっくりした。日本人の素質があることに関心しました。
主人は戸塚まで迎えてくれて、2時ごろ家につきました。ちなみに主人は7時半かけて、渋谷から東戸塚まで歩いた、日頃のマラソンをやってよかったですね。